2026年02月04日 17:19
晩秋のはずが冬になりました。
婿が10歳になる長男を連れ「ゆるやま登山」を楽しんでいます。 昨日はかなりの寒さで、ゆる山も雪が積もっており、強風もあったのですが登ってきたようです。 孫はまだ2日目の登山。雪や風の中ではさぞ辛かったと思いますが、頂上での婿とのツーショット写真は満面の笑顔でした。 「小さい頃の体験は貴重ですね!」とlineをしましたところ、 「僕も小さい頃に山に連れて行かれ、トラウマなくらいおぼえてます (-_-;) こういうのは30年くらい経って効いてくるんですよねぇ」と返信がありました。 辛い、嫌だ! と思っていたことも、気がつけば自分も同じようなことをしているということがあります。 私も父親が好きだった将棋(へぼ将棋)の相手をよくさせられ、本当に嫌でした。 藤井聡太君の出現により将棋界が注目され、いろいろな報道を見るにつけ「またやってみたいな~ 」という気持ちになっています。 子供頃に受けた影響というは、知らないうちに根づいているようです。 楽しいことがあるのと無いのは日常が全く違いますね。 なら、「楽しいこととは何でしょう?」 ある人は「それは探すものでなく、体がかってに動いてしまうもの」だと言ってました。 私が体が勝手に動くのは、早朝でも、極寒、極暑、多忙、でも、庭の手入れをすることですが、 これが楽しいのか?と問うと、「日常の一部だから」ということで、顔を洗うのと同じようなもののようにも思います。 でも確かに言えることは、いっとき、どんちゃん騒ぎや、おしゃべり会をしまくり、その時は楽しんでも、それが終わると 潮が引いたような寂しさや虚しさが残るのでは、「楽しいこと」ではないということです。 人それぞれ趣味嗜好が違いますので、楽しみかたも千差万別。 自分が楽しければ、それでよいことなのですが、ふと、考えてしまいました。 「そんなことに何で一生懸命なの?」 「低俗ね。そんなことを楽しんで」 禁句です。 趣味の中身に優劣はございません。






